葵居屋

BL小説を書いている葵居ゆゆのお知らせ用&日常ブログです。
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「佐藤亜紀さんと車座トーク」イベントに参加した感想です

2017.07.02 Sunday
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    夏コミのこととか拍手のお返事を兼ねた近況などは、また明日以降ということにさせていただき、今回は一個人の日記です。

    自著に関連した話は出てきません。本当になんの関係もない、雑談です。

     

    **********

    追記

    「佐藤亜紀小説研究ノート」さんのブログノートで当日の様子のまとめが公開されています。

    こちらのブログでは先生の著書についての情報がたくさんまとめられています。

    **********

     

    ちょっと前に気になっていたイベントには参加できなかったので、今回はタイミング的に厳しいなあと思いつつも申し込んだ伽鹿舎さん主催の「佐藤亜紀さんと車座トーク」。

    以前、加地さんご本人がトークされるイベントに参加したときも、とりたてて役に立たない感想文を掲載したのですが、今回も同じく、「レポ」ではなく感想文です。

    具体的なトークや質疑応答の内容は、ツイッターでまとめてくださっている方もいらっしゃいますし、その場でしか感じられないニュアンスは参加者の特権、ということで。

    無駄に長い上にあちこち脱線もしますので、おヒマな方はおつきあいください。

     

     

    蔵前のHABさんが会場で、こぢんまりしたスペースにはいっぱいの参加者さん。

    車座トークってどんな感じに進むのかなと思っていたら、参加者から佐藤先生へ質問するところからスタート。質問にあわせて先生がお話をいろいろ展開させていく、という流れでした。ちなみに最初の質問者は豊崎由美さん(だったかと思います、違っていましたらすみません)。書評家の方! 『スウィングしなけりゃ意味がない』の誕生秘話が伺えました。

     その後も、思い返すと全体、よく統制のとれた、というか、バランスのいい質問が多かった気がします。なんとなくですけど、「こういう質問が出たなら、こういう方向の質問も聞いてみよう」という感じ。私も質問したので自画自賛みたいで恐縮ですが(笑)。佐藤先生はもしかしたら違う方向の内容も予定されていたかもしれないですが、私はいろんな方向のお話が聞けてとっても楽しかったです。

     

    そんなバランスのとれた質疑応答から、しみじみと感じたのは、佐藤亜紀という作家の「小説への向きあい方」というか、「取り組み方」、「姿勢のあり方」でした。

    たとえば、自分で言っといた前提をやぶってしまいますけど、「膨大な資料をあたった上で作品を書かれているのに、その膨大な資料で得た事実、知識といったものを全面に出すことはないですよね。知ったことは全て書きたいという誘惑というものにどうやってうちかっているのか」という趣旨の質問があったのですが、それに対するお答えが、まさに、「佐藤亜紀は小説をどのように書くのか」の一端だなあと思うのです。

    あとこれは先生のツイッターなど見れば既出なので書きますが、「時間の流れの緩急」「コントロール」という部分を意識されているというのもとっても興味深く、個人的に感じていた地の文の時制の違和感はその調整のためだったのかなと思ったりしました。文の時制に特徴があるのは「吸血鬼」に顕著かなと勝手に思ってるんですけど、すごく単純に戯曲的な表現なのかと思っていた……奥が深い。

    ほかに、『スウィングしなけりゃ意味がない』でお気に入りの場所は? という質問もあったのですが、そのお答えも、主催の伽鹿舎さんからの最後の質問「小説のこれからの可能性」のお答えも、『スウィングしなけりゃ〜』の章タイトルのつけかたについての質問に対する答えも。一番最初の質問に応じての、本作を書いたきっかけについてのお話もそうでしたし、最後のほうで男性からヨーロッパが舞台の書籍についての質問があったのですが、それに対する答えも含めて、どんなふうに小説を書かれているかの一端を垣間見られたように思いました。

    もちろん、「こんなふうに『小説を書く』ことに向きあってらっしゃるのだなあ」と私が思ったのは単なる勘違いかもしれず、いや全然そんなことないよって先生は苦笑するかもしれないし、まったくべつのことを感じた参加者さんもいるかもしれませんが、やっぱり私には、「常に新しい、その先にあるもの」を意識されて、ご自分の書き方、書くものをアップデートしながら書かれているんだなあ、と思えたのでした。

     アップデート、っていうと、前が悪かったとか、古びたとかいう意味にも取られそうなのでちょっと不適切なんですが、ひとつのテーマだったり、技法だったりでもって1作書き上げたら、絶対に「次でも同じ」にはしない、という意味です。

    (ついでに、「次でも同じ」にすることよりも「次では同じにしない」のが優れているとか、そういうことを言いたいんでもないです。書き方は、みんな違ってみんないい)

     私の失礼な質問にも快く答えてくださったことも含めて、先生が小説という媒体に対して誠実だなあと思えて、帰り道はとっても幸せでした。

     

    その帰り道、上のような感想をふまえつつ、つらつら考えたのは、「佐藤亜紀は文章を書いてるのではなく、小説を書いているのだな」ということでした。

    もちろん世の中の小説家さんたちは小説家なんですから小説を書いてるんですけど。

    それでもって、小説の書き方もいろいろで、どんなことに注力するか、なにをどのように描くことで小説にするのか、どう読ませることで小説にするのか、皆さんそれぞれ思うところがあって、アップデートしたり、つきつめたり、試行錯誤したりしてるんじゃないかなあと思います。

    小説の評価って、まあざっくりしたところだと「面白かったか面白くなかったか」が一番多いのですが、今回のトークイベントの感想に関しては意味がないものなのでおいておきます。

    あとはテーマだったりキャラクターだったりの評価、文章のうまい下手、構成力、視点(着眼点)などいろいろありますけれど。なんとなくでアレなんですが、一番、やいのやいのと言われがちなのって、「文章力」じゃないかなーと思ったり、してたんですね。

    表現がうまいとか。詩的とか。美しいとか。叙情的とか。

    逆に、ぎこちないとか雑だとか、わかりにくいとか。

    もうちょっとつっこむと構成力まで文章力に含められてるなあということも、あるかと思います。まあ、小説なんで、文章でできてるわけで、その文章の出来不出来をあれこれ言われるのは当然ですね。

    でも、小説の出来って、つきつめたらたぶん、文章のうまい下手には関係がないんじゃないかな。いやもちろん、関係はあるんですけど、文章がうまく書けるっていうのは、小説を書く上ではあたりまえであって、たとえばプロの演奏家が「上手に楽器を弾ける」のは大前提、というのと同じだと思うんですよね。

     綺麗なだけの文章なら、誰だって、プロじゃなくたって書けます。詩的な文章とか、すごく素敵な比喩表現だとか、その文章だけ読んでも美しい文章は、書けてもべつだん、普通です。母国語でさえあれば、あとは基本的に語彙の問題なので、練習すれば美しい文章が書けるに決まっています。悦に入って繰り返し読みたいような、あるいは他人が気に入ってくれるような文章を書くのは、くどいですけど練習の成果でしかなく、「すごい技術」でもなんでもない。

    誤解されたくないので言っておくと、美しい文章、好きです。自分では思いつかないような表現を読んだりすると「わぁっ」って感動しますし、読めてよかったなあって思います。この流れなのでさらに言っておくと、佐藤亜紀先生の文章の美しさはやっぱり素晴らしく、もぎゅもぎゅと何回噛んだって飽きないです。

    (もうちょっと脱線すると、そもそもおまえもプロの端くれだろうのに、この感想文の文章の下手くそさはどうなんだよって思いますが、よい文章を書くために感想を書いているのではないんだよって逃げておきますね。閑話休題。)

    でも、です。文章が上手かどうかと、小説の良し悪しは、別物だと思うんです。だいたい、文章技能がある一定以上になったら、それの評価って個人の好き嫌いにすぎないなって思いますし。もっとも、物書きで「文章が下手くそだ」と評価されて嬉しい人はいないとも思います。やっぱり、上手いって言われたほうが嬉しいですよね。

     でも、すごく素晴らしい、最高の文章が書けたからといって、小説が書けるわけじゃあない。最初から最後まで綺麗な文章を並べたらいい小説になるわけでもない。テーマがあるから小説になるのでも、ストーリーとか起承転結があるから小説になるのでもないし、キャラクターがいるから小説になるんでもない。

    どれも大事な要素だけど、その要素を、「いかに、立体的に組み立てるか」という、建築家みたいな眼差しがなくちゃ、小説って書けないわけです。書けないは言いすぎですね。要素さえそろえれば、書くことはできます。けれど、「書き続ける」ことはできないんじゃないか、って、今回思いました。

     書き続けるっていうのは物理的な意味ではなく、作家としての独自性っていうか、うーん、なんて言ったらいいだろう、「その人」の小説にはならないんじゃないかなっていう、感じかなあ。

    『スウィングしなけりゃ意味がない』で言うなら、同じ時代、同じスウィングユーゲントというテーマ&キャラクター、同じストーリーを揃えても、他の人が書けばまったく別物になるはずですよね。文章が違うってことじゃなくて、「別物」になるはずです。

     

    話が飛びますけど。

    たぶん、「小説」としての出来が上がれば上がるほど、感想って複雑になるか、もう複雑になるどころじゃなく「言語化できないけれどすげえよかった」みたいになるしかないのかも。ひとつずつ、要素をひろって「ここがよかった」とか「あそこが素晴らしかった」「この部分が面白かった」と言うことはできるけど、「じゃあだからこの作品は素晴らしいんだね?」と聞かれたら「うーんいやそれだけじゃなくて」ってなる。で、あれこれ自分が読み取れる範囲でよかったところを挙げて、最後には「とにかくいいんだよ」って乱暴に言うしかない、みたいな。

     

    戻ります。

    最初の「佐藤亜紀は文章ではなく小説を書いてる」→「要素を揃えるだけでは書き続けることはできないんじゃないか」の流れに戻ります。

    つまりですね、作家・佐藤亜紀を佐藤亜紀たらしめているものは、結局のところ、彼女の「小説に対する姿勢」なんじゃないかな、と思ったのです。

    どのように小説を書くか、っていう。

     

    最後まで読んで、「この馬鹿はなぜあたりまえのことをこんな長々脱線しながら書いてるんだ?」ってなってる人が目に浮かぶようですが。

    でも、あたりまえかもしれないけど、ぼんやり感じてたことを、先生がお話しするのを直接聞いた上で、すとん、と思うのでは全然違うと思うんです。

    少なくとも、私には全然違ってました。

    絶対、もう一回、著書を読みたくなること請け合いです。

    だからもし、車座トークイベント行きたかったな、って思ってここまで読んじゃった人は、次に機会があったら、ぜひご自分で行ってみてくださいね。もしかしたらわーって驚くかもしれないし、納得するかもしれない。どっちにしても、「ちっ損したわ」とはならないはずなので。

     

    すごいイベントのダイマみたいな締めになった。

    長々とおつきあい、ありがとうございました。

     


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